タウフィック・ヒダヤット氏に学ぶ

2004年アテネ五輪にて金メダルを獲得し、日本バドミントン指導者連盟発足時の講習会ではスタンダードモデルとしてお手本になった選手です。バックハンドから繰り出される多彩なショット、リストスタンドによってネットとロブをわかりにくく打ち分ける技術の精巧さ、強い球で攻めればサイドラインギリギリに落ちるクロススマッシュ、ヘアピンの攻防に負けないシャトルコンタクトの柔らかさなどそのプレーは今でも世界のスタンダードです。その中でも膝の角度を約135度に維持してプレローディングを行い、移動時間の短縮とスタミナを温存するフットワーク技術は従来のつま先で床を蹴って移動し、大腿直筋でストップするという筋肉重視の考え方を根底から覆しました。


メンタリティ

ジュニア期の日本選手は間違いなく世界トップレベルだと言われています。しかし、社会人になるにつれて世界大会では結果を出す事が難しいとされていました。

「日本人の技術とパワーは素晴らしい。とてもいい選手が多い。しかし、それだけの実力を持ちながら、状況が悪くなったり、気持ちが揺さぶられると力が出せない。私にはその事が理解できない。日本にはメンタリティを指導する人はいないのか?」

これが、タウフィック氏の一言目でした。最近の日本のジュニアは世界大会でも優勝し、今後のオリンピックでもメダルに近い存在だといえます。指導していく中で何を指導するのかを考えて突き詰めていくと、結局「生き方」であったりします。身体の使い方、技術なども大切ですが、その土台づくりを、そしてその土台に種をまく事がその根幹であると感じています。2013年現在、世界トップレベルのジュニア選手が身近にいますが、今後のそういう成長が競技者人生を終えた後も、しっかりと根を張らした人生を歩んでいけるものと考えています。

ラリーの中のショット

「いろいろな所を回っていても、バックハンドを教えてくれとよく言われる。親指の位置をずらしたり(グリップの横に立ててつける)とある程度のコツはあるが、打てるところにどう入るかという体さばきと、そのタイミングが最も重要。タイミングや打点がずれて思うショットが打てそうにない時は打たない、そしてその代替ショットの選択をどれだけ早くできるかどうかがラリーの鍵を握る。」

バックハンドスマッシュをお願いします、というこちらのリクエストに「そんなの打てないよ」と答えたタウフィック氏。「またまた、打てるでしょ?」というこちらの反応に一言。

「ショットはラリーの中にある。つまりそういう打ち出せる状況、打ちたくなる展開でないとなかなかリクエスト通りのショットを打ち出す事は難しい。」

基礎打ちを基礎打ちのためにやってしまう練習風景を思い出しました。タイミングも取らずに打って勝敗ばかりを気にする様子を(打つショットは限られているのに)。パターン練習をコートサイドで見ている時も選手に「タイミングがとれていないよ」と言った後はそれを意識して動くことができています。しかし、しばらくすると決まったパターンのショットに対して先に動いてしまったり、タイミングの意識が薄れてくる事がよくあります。続けているうちに「エラーしないように」「疲れてきた」という思考のせいからか、なぜパターン化して練習しているのかを忘れて、ついつい勝敗などの結果にこだわってしまうのです。目標に意識を集中させ、自己の作用を鈍くさせた状態で身体に刺激を与えてやると、身体は面白いようにその動きを修正して習得していきます。世界のトップ選手は「勝たなければ」という気持ちもあるでしょうが、そのためにどうすれば集中できて、それを楽しむ事が出来るかを日々実践しているのかもしれません。

グリップ

以前のルルク氏(インドネシア、北京五輪出場)にも教えていただきましたが、タウフィック氏も「グリップと掌部分は少し隙間を空ける」という私の考え方とは違うように見えました。グリップと掌は一体化しているようで強めに握っている印象を受けました(つまり、掌との隙間をほぼ空けていない)。したがって、相手のスマッシュに対してのリターンは強く押し返すショットが多く、その中で前への柔らかいショットがたまに選択されていました。この隙間の少ないグリップでのバックハンドはラケット面を安定させる事ができ、クロスネットなども思うようにコントロールできました(実際の自分の練習で実践)。つまり、プッシュやドライブ以外のバックハンドはサムアップした親指で打つというよりも、グリップに密着させた掌とそこに引っ掛けている人差し指と中指で運ぶイメージが強いのかもしれません。

プレッシャー

生徒から「どうしたらプレッシャーに勝てますか?」という質問がありました。タウフィック氏は、

「2004年のオリンピック決勝では今までで一番緊張しました。いきなり0−7と離されてしまいました。審判にタオルを取る許可を得て、コートサイドで深呼吸をしました。どういう気持ちでコートに入るかがとても大切。」

今回のソチ五輪でも結果へのプレッシャーが強く、思うような結果が出なかった選手も多く見かけました。「国費を使ってまでなぜ負ける」という損得勘定の批判が出るようにそういうプレッシャーは本人達のすぐ後ろまで押し迫ってきています。自分のために戦ってほしいという気持ちはありますが、そうはさせない周りの圧力もあるのでしょう。それとどう向き合うか、周りに褒められたい、認められたいが為に頑張る、ではそういう状況で力が発揮できない事も多いのではないでしょうか。

 リアクションステップ

フットワークのところでリアクションステップについて述べていますが、そこでは相手が打つ前に軽くジャンプをして相手のインパクト時に着地すると説明しました。相手のインパクトが単調で常に正確なタイミングで打ってくるときは問題ないと思います。しかし、レベルが高くなるにつれて正確なショットを打つことに加え、相手の足を止める、タイミングをずらすことで不利な体勢に追い込むことはとても大切です。タウフィック氏のリアクションステップは非常に小さく、相手の小さな変化にも対応できるようにしていました。

踵を少し浮かせながら待ち、相手のインパクト時には踵をつけて移動を始めます。まるで踵にスイッチをつけているかのように相手のインパクトに微妙に合わせていました。この「踵スイッチ」が非常にデリケートに使われていることに驚きました。

ショット後プレーイングセンターに移動して、そこから特に前に行くときは踵を先につけてつま先の方向を変えながら移動方向を変え、後ろに行くときはつま先を先につきながら踵をインパクト時に合わせるように着地させます。その時は踵を外へ押し出し少し内股になる形が多く見られました。私も実際にプレーで試してみましたが、ジャンプしてタイミングを取りたくなることが多く(特に余裕がない場合)、その辺りは「飛ばないでも大丈夫」と最初は言い聞かせての練習が必要でした。「もっと速く!もっと強く!」と自分からも他人からも言われると、力みが出てきます。力むとその準備動作は大きくなってしまいます。相手のインパクトに合わせてリアクションを大きく起こせば起こすほど相手はその逆をつきやすくなります。速く動き出すのに余計な力みは必要ない、余計に力まないからちゃんと地面に立てる...このあたりは体験を繰り返すことからでないとなかなか理解できないかもしれません。

各ショット

スマッシュレシーブ

コンパクトで非常にスイングスピードが速い。グリップはぎゅっとしっかり握っている様子

ドライブ

余計な上下動が少なく、目線は水平を維持

プッシュレシーブ

下の球に対しても、足を蹴り出すよりも足を抜いて低く移動しているようです。

スマッシュ

リストスタンドによる角度の調整、常に良い位置でのインパクトがあるようです。

ハイバックスマッシュ

クロスに打てる面の作り方がスマッシュを打ち出すコツなのかもしれません。

スマッシュを(前に)レシーブ

フォア側もバックハンド側もリストスタンドでラケットは立っています。

フリー練習ですが37秒当たりのバックハンドレシーブはとても速く見本となると思います。

ハイバック

13秒当たりのハイバックショット。面の返りはすばらしいが、打った後の足運びが非常にスムーズで力強く見える。

小さなリアクションステップと脊柱の小さな軸回転による方向転換

フォア奥からも強いスマッシュ

インパクトに合わせて右足の着地のタイミングを狙っている

リアクションステップによるディセプション

20秒当たりから右足をインパクトより先に着地させ相手の出方をうかがう。

リアクションステップとラケットワークを組み合わせてのディセプション

一本目のバックハンド前は普通にインパクト、2本目はリアクションステップによるタイミング変化に加え、ラケット面でも相手を揺さぶっている。

このバドミントンアカデミーでもモデルとして参考にさせていただいていましたが、動画からは見えるものがかぎられ、なかなかじっくりと考察できなかった事は否めません。今回、引退と共に来阪され、お会いできる企画をしていただいたYONEX株式会社様、大阪府バドミントン協会様にこの場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。

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