1999年9月関西臨床スポーツ医・科学研究学会誌(著者の了解済み)
大阪医科大学 リハビリテーション科 村尾 浩 ほか

Ⅰ はじめに

バドミントンは手軽なスポーツとして広く知られている.しかし,競技バドミントンが過酷なスポーツであることは意外に知られていない.競技バドミントンを安全に行うための基礎資料を得る目的で,夏期バドミントン競技練習中の発汗量を測定した.

Ⅱ.対象と方法

対象は大阪社会人リーグ所属のバドミントン男子選手18名(のべ103名),年齢は21~51歳,平均35.5歳であった.平成9,10年の7,8月に,バドミントン競技練習中の環境温度(Wet  Bulb Globe Temperature 以下WBGT),練習前後の体重,鼓膜温度,練習中の総飲水量を測定した.環境温度はWBGT計(WBGT‐101,京都電子王業(株))を1.2mの高さに設置し測定した.鼓膜温度は放射鼓膜温計(ジニアス,日本シャーウッド(株))を用い,この体温計の測定手技(参1)に習熟した1名が測定した.練習前後の体重は測定精度20gの精密体重計(AD‐6205,工一・アンド・デイ(株))を用い上半身脱衣状態で,できるだけ汗をふきとり測定した(図1).
練習中は自由飲水とし,摂取したスボーツドリンク(ポカリスエット340ml缶,大塚製薬(株))の本数により総飲水量を求めた.測定結果から発汗量,水分補給率,体重減少率,鼓膜温度変化量を算出した(表1).
測定項目および算出項目より,飲水量と発汗量,飲水量と水分補給率,飲水量と体重減少率,飲水量と鼓膜温度変化量,体重減少率と鼓膜温度変化量の相関関 係について検討した.体重減少をきたず原因因子の検討として,体重減少率1%未満の個体(A群)と体重減少率3.0%以上の個体(B群)を抽出し,年齢, 体表面積,body mass index(BMI),発汗量,飲水量について両群を比較した.

(a) WBGT計

(b) 放射鼓膜温計

(c) 精密体重計

表1.算出項目の計算方法

発汗量(g)=練習前の体重練習後の体重 + 総飲水量

水分補給率(%)=総飲水量×100/発汗量

体重滅少率(%)=(練習前の体重 - 練習後の体重)×100/練習前の体重

鼓膜温度変化量(℃)=練習後の鼓膜温度 - 練習前の鼓膜温度

Ⅲ.結果

図2.各計測日の環境温度

WBGTは27.3~29.2℃,平均28.5±0.6℃(mean±SD)であり,日本体育協会が発行した熱中症予防ガイドブッ(参2)によれば「厳重に警戒が必要(WBGT:28~30℃)」とされる厳しい環境である日がほとんどであった(図2).  発汗量,飲水量は975.6±271.3,520±260g/(60kg・hour)であり,両者問には正の相関を認めた(図3(a)).水分補給率は52.4±20.4%であり,飲水量と水分補給率の間には正の相関を認めた(図3(b)).体重滅少率は1.69±0.74%であり,飲水量と体重減少率の間には負の相関を認めた(図3(c)).
練習前の鼓膜温度は36.6~38.2℃,平均37.7±0.34℃,練習後の鼓膜温度は37.9~39.9℃,平均38.6±0.39℃であり,練習前の鼓膜温度に比べ練習後の鼓膜温度が上昇していた(p<0.0001,paired t-test).鼓膜温度度変化量は0.9±0.5℃であり,飲水量と鼓膜温度変化量の間に相関関係はなかった(図3(d)).体重減少率と鼓膜温度変化量の間には弱い正の相関を認めた(図3(e)).年齢,体表面積については,A群,B群間に統計学的な差はなかった.BMI,発汗量ではB群がA群に比べて大きく,飲水量ではA群がB群に比べて大きかった(表2).

図3(a) 飲水量と発汗量 図3(b) 飲水量と水分補給量
図3(c) 飲水量と体重減少量 図3(d) 飲水量と鼓膜温度変化量
図3(e) 体重減少量と鼓膜温度変化量


表2.体重減少をきたす原因因子の検討

A群(n=20)
(体童減少1%未満群)
B群(n=6)
(体童減少3%以上群)
P値
(unpalred t-test)
年齢(歳) 32.2±7.2 29.4±6.5 p=0.39
体表面積(㎡) 1.82±0.10 1.77±0.07 p=0.29
BMI 21.7±1.5 23.9±1.8 p<0.05
発汗量
(g/60kg・hour)
828.2±194.0 1016.4±185.8 p<0105
飲水量
(g/60kg・hour)
632.1±227.0 178.0±140.0 p<0.0001

Ⅳ.考察

今回の我々の調査結果ては,夏期パドミントン競技練習中においては体重60kg1時間あたり約1000gの発汗が認められた.過去の報告のよれぱ(参 3)体重1kg1時問あたりの発汗量が算出されているが,実際にスポーツ活動を行っている選手やスポーツ指導者には体重60kg1時間あたりの数値の方が 印象に残りやすいものと考えている.過去の報告におけるアメリカンフットボール(参3),パレーポール(参4)練習中の発汗量と今回の研究から得られた発 汗量を環境温度を一致させて比較したところ,パドミントン競技練習中の発汗量の方が多かった.これは,練習中の運動強度がアメリカンフットボールやパレー ボールに比較してパドミントンの方が高いためと推察する.また,夏期バドミントン競技練習中の発汗量の調査報告(参5)はあるものの,我々の行ったような 厳しい環境下ての調査報告ではない.
酷暑下バドミントン競技練習中には大量発汗が認められるものの,練習中に水分を補給することにより水分補給率を高め体重減少を抑制できることが示された.暑熱環境下でのバドミントン競技練習中は積極的な水分摂取が必要と考える.
今回,我々が行ったような厳しい環境下ては,鼓膜温度はバドミントン競技練習中に平均約1℃上昇し,個体によっては40℃付近まて上昇するものもあっ た.体内温度が40℃を越えると中枢神経障害をきたし熱中症に陥りやすいとの報告(参6)もあり,酷暑下においては体温上昇にも十分な注意が必要と考え る.飲水量を増やせぱ体温上昇を抑制できるとの報告(参7)があるが,今回の研究においては飲水量と鼓膜温度変化量に相関関係はなかった.これは放射鼓膜 温計自体が環境温の影響を受け易いことやこの測定器を用いた計測には熟練した手技が必要である(参8)ことより,測定値にばらつきが生じ易いためと推察さ れる.しかしながら,体重減少率と鼓膜温度変化量には弱いながらも正の相関を認めた.これは積極的な飲水行動をとり体重減少を抑制ずることで,体温上昇の 抑制が可能であることを証明するものであり,積極的な飲水行動を勧めることが熱中症予防にも役立っていることを示唆ずるものと捉えている.
太っている選手,発汗量の多い選手,飲水量の少ない選手は体重減少をきたしやすく,これらの選手には水分摂取に関する十分な指導が必要と考えている.

Ⅴ.文献

1) 坂田義行ら : 耳式体温計による鼓膜温測定手技の検討. 新薬と臨床, 43(9):233-240, 1994.
2) 川原 貴ら : スポーツ活動中の熱中症予防ガイドプック. 日本体育協会, 束京, 1994.
3) 中井誠一ら : 運動時の発汗量と水分摂取量に及ぽす環境温度の影響. 体力科学, 43 : 283-289, 1994.
4) 朝山正巳ら : 夏期スポーツ活動中の飲水の塩分濃度と飲水量,発汗量及ぴ体温との関係について. 平成9年度日本体育協会スポーツ医・科学研究報告, No.7ジュニア期の夏期トレーニンクに関する研究-第1報-, 15-21, 1997.
5) 花輪啓一ら : 室内スポーツ活動時の飲水量,発汗量,体童減少量の男女差の実態. 体力科学, 45(6) : 763, 1996.
6) 入束正射ら : 1995年夏の山梨県での熱中症に関する研究. 日生気誌, 33(1) : 55-61. 1996.
7) 寄本明ら : 屋外における暑熱下連動時の飲水行動と体温変化の関係. 体力科学, 44 : 357-364, 1995.
8) 石垣亨 : 夏季運動現場ての鼓膜温と環境温との関係. 関西臨床スポーツ医・科学研究会誌, 7 : 53-55, 1997.
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