瞑想
先々週末でインターハイ予選が終了しました。シングルス、ダブルスともに校内ランキング通りの順位に終わりました。開催される千葉県は暑いと噂ですので、結果を考えるではなく、準備がどれだけ出来るかが勝負です。自分も然り。今、何が出来るだろうか、身体と相談しながら腰骨を立てるだけです。
元ソニーのCDの開発者である天外伺朗氏の本を最近色々と読んでいます。その中でも「イーグルに訊け」「問題解決のための瞑想法」はとても実践的です。「毎日、朝晩30分づつ瞑想してみてください」これがなかなかなんですが、とりあえず5日くらい続いています(去年は11月まで続けましたがそのあと断念・・・)。中には20分でどうしようもなく続けられないこともありましたが、比較的朝は30分持つようです。 潜在意識のモンスター、リビドー(性欲、怒り、攻撃性)、死の恐怖(恐怖感、不安感)、イド(バーストラウマ、自己否定、劣等感)、シャドー(嫌悪感、不快感)、トラウマなどが心の中で暴れます。これを消すことは出来ないので如何に上手くつきあうかということを瞑想を通して気づいていくようです。 怒りの原因は他人や周りにあるのではなく、自分の中のモンスターが怒りの対象を探しているだけ。例えば言うことを聞かない人に対して叱り、もし言うことを聞くようになったとしても、自分の中の怒りは本当に静まったわけではなく、またさらに怒りの対象を求めてうごめき出すわけです。「すべての原因は自分の中にある」「本当は自分は解決策を知っている」のですね。 瞑想を通して自分と対話していくことで色々なイメージから気づかされ、さらには自分の気づかないところでも周りにいい影響を与えていけたらと思っています。まだまだ色々な不快感や不安感の原因になっている記憶に私はアクセスできていません。特に幼少期の記憶は何かに蓋をされているのかもしれません。なかなか扉の鍵が見つからないようですがとにかく30日続ける!!夜、飲んで帰っても続ける!!と今回は決意しています。 |
楽しめるか...どうか..
湿度、気温ともに高い日々が続いてきました。夜間の自分の練習でさえも大量に汗をかき、3ゲーム目以降は完全にばててしまっている自分の不甲斐なさを感じる反面、生徒達は黙々と練習していることを思い出しては「よくやっているな〜」と感心します。
「いい位置で打つ」 これは相手にショットを読ませない、狙ったところへ正確に打ち込むために大切なことですが、そのいい位置に入る前に何となく違和感を感じて上手く打ち出せないことが多くありました。上手く打ち出すことが出来ないとそのショットを評価してしまい、次への反応は遅れます。遅れるのでまた力む、いいショットがまた打てない...を繰り返す。息が上がり不安感に襲われる...。開き直るように考えてもエラーでまた「このままではダメだ・・・」と自分を追い込む。 そのような中でも終盤、シャトルだけを素直に追いかけられることもありました。その時には次への動きがスムーズにつながっていることも感じられました。 自分の心なんてコントロールできません。ただ、俯瞰することが出来れば大丈夫ですが、コントロールしよう、さらには結果までもコントロールしようとしている自分の欲深さが見えて「欲しがっているよね〜」と観察します。 様々な人が色々工夫をしてバドミントンを楽しんでいます。「人生豊かになるよね」と話している姿を見て小さなことに拘っている自分の視野の狭さが見えました。大会も近くなり、夜間の練習も今までに無く盛況でレベルも格段に上がっています。いつもより息が上がってしまった理由はまだわかりませんが、それをトレーニングで!とも考えましたが、「そういう時もある」とアドバイスをくれた先輩に感謝です。 |
『縁』
祝!トマス杯優勝!!!
なかなか世界で勝てなかった日本チームでしたが、強烈な中国を破っての優勝にはとても驚きました。試合を詳しくは見ていないのでプレーがどうであったかはわかりません。動画等でアップされているようであればゆっくりと見たいと思っています。いつも土壇場での不安や怒りから実力を出せなかった日本。タウフィック氏も来阪された際、「実力はあるのにメンタルの影響で力が出せないのは信じられない」とコメントされていましたが、あの大舞台で実力を発揮出来たことは今後、日本にとって大きな力となると思います。ただ、プレーを離れている時も常に運をなくさない姿勢を貫いてほしいとは思っています。 私も去年の日本マスターズで団体戦の怖さを思い知らされました。しっかりと準備したはずなのに普段の力が出なかったり、逆に何が変わったかわからないのに調子が良かったり。応援の力も色々なところで影響していると思います。今年も出たいな〜。府総合まであと1ヶ月足らず。この大会で勝たないと選ばれません。最後まで準備をしっかりとしていきたいと思います。 生徒の方は定期考査が終わり、いよいよ最後のインターハイのダブルス予選です。靴を揃えたり掃除をしたりと「なんでそこまで?」と首をかしげている様子も目に浮かびますが、ただただ人としての軸を作りたい一心で実践させています。その中でもなかなか声を出して挨拶できない子、自己アピールが周りの気を引く行為につながってしまう子などいろいろと出てきます。なかなか個人のレベルもあるので難しい問題です。 小才は、縁に出合って縁に気づかず 中才は、縁に気づいて縁を生かさず 大才は、袖すり合った縁をも生かす 最近はこの言葉をよく考えています。目に見えないものほど大切なものが多いものです。週末は試合や練習試合が連続していきます。3年生は最後の夏をどのように捉えていけるか正念場です。 |
すべては通じている
新学期、日々様々な出来事が頻繁に起こり、イメージとして記憶されることが多くなります。「人と人との関わりに全人格をかけない」「成功や失敗は人格と関係ない」そのような言葉を支えに生徒へ対応しようと心がけていますが、何の根拠もない「見栄」のようなものに引っ張られて自分自身を苦しめます。時には自分の欲望を満たしたいが為に他人を犠牲にしようと狙ってくる人もいます。そういうものが見えてくるとその原因は自分の中に隠れてある欲望や怒りではないかと内省します。数十分坐ったところで解決は見えてくるものではなく、「上手くやりたい」という欲望から離れた時にすべてをありのままに受け入れることが出来るのかもしれません。
すべては『必要、必然、最善』である 本当にそうだろうか、厳しすぎないか?と思うならば、 「起こってくるすべての事は自分自身が選んでいる」 と考える。まさにそうだと思うのですが、 「この出来事にはどんなメッセージがあるのか」「私は何を試されているのだろうか」 と考える。どんな状況も3年経てば必ず変わる。 「今の人生の横には同時進行で違う人生も進んでいる」為末大 「一日は一生の縮図なり」森信三 やはりこの方の教えに戻らねばなりません。8巻からなる全集はまだ1冊しか読めてない...。 色々な出来事に対して人格が左右されることはありません。しかし、その対応の仕方に柔軟なしなやかさは必要なのかもしれません。 バドミントンのプレーも然り。すべては通じている。 |
ありがとう
先々週末はインターハイ予選、学校対抗戦が行われました。順調に決勝まで駒を進め、決勝戦は3面同時進行で開始されました。シャトルが重かったこともあるのか、第1ダブルスの攻めが前に出られて押し返されます。「強い球で攻めればとりあえず何とかなるだろう」という油断からか、アタックを押し返されるという展開になると慌ててしまい、もっと強い球を打つことでその不安から逃れようとする。しかし、そのようなショットは力が入っているため角度が付かず棒球のようなショットになりさらに押し返されたり沈められる。修正の効かないまま点数は競り合い、終盤はもはやよくわからない展開に。1ゲーム目は先取されてしまいました。2ゲーム目は話し合いながら球を沈め、前からのショットを押し込むという展開に持ち込み11−1。この辺りはさすがレギュラーです。修正をしていきました。その戦い方で2−1で勝利。第2ダブルスは力で押し切るタイプなのでそんな変化は難しく、2ゲーム目は点数も競り合いながらの展開になりました。しかし、最後まで押し切りの2−0で勝利。トップシングルスは2ゲーム目少しの油断からか中盤で追いつかれていましたが最後はうまく逃げ切り勝利。結局3−0で勝ったものの、ナショナルメンバーの2人がいないチーム(強化合宿のため)では何とも言えない薄暗い空気が漂っていました。
「負けるはずがない」 そう思ってしまうことはあると思います。しかし、そういう展開になるかもしれないと思ったとしても「このゲームでまた新たな自分のプレーを発見できるかもしれない」とコート上の自分に意識を向け、さらにどういう相手なのかを観察する目が持てれば、結果という未来に意識が向くことは少なくなると思います。 人は自分の思い描いた結果に近づくにつれて「ほら、やっぱり。思った通りでしょ?私の考えは間違っていないんだから」と周囲にアピールしたくなる欲望が疼きます。しかし、その瞬間に脳血流量は一気に下がるので思ったように身体は動かなくなってしまいます。血流量を上げるには時間がかかるため、その数分間に全く違う展開になることもあります。 「自分を認めてもらいたい欲望」が勝敗に大きく関わっているように思えます。結局、「自分」など考え抜いたとしてもどれが本当の自分かわからないものなのですが、本当の自分を褒めてもらいたいが為の欲望はなかなか根が深いものです。その辺りは自分を変えようという決意の先に、自分を認めてあげることからしか始まらないのかもしれません。 「○○さん(自分の名前)はよくやっているよね。ありがとう。」 素の気持ちで自分自身に言えますか? |