「自動化されている」「コントロールされている」「ミスする気がしない」「心地よい緊張とリラックス」・・・試合中にそういう感覚に入ったことはありますか?
ゲームを完全にコントロールしていて結果もついてくる。集中力は人の本能的な感覚までを惜しみなく発揮させてくれます。今回はこの「ゾーン」や「フロー」とも呼ばれる極限の集中力状態にどうやれば入りやすくなるかを考察したいと思います。
1.あなたを幸福にするものは何ですか?
一般的に考えてみると、「健康」「金銭」「不自由の無い暮らし」「家庭」「名誉」「地位」などが挙げられる と思います。しかし、統計によっても証明されていますが、本当に幸福を感じる時というのは、「技能や集中を要する仕事がうまくいく」「挑戦的な目標の達成 に向かって熱中する」時に最高の幸福感が味わえると言われています。ゴルフで有名なジャック・ニクラウス氏も一進一退でしのぎを削って競争している時が最 も楽しいと述べられています。
人は「挑戦課題を見出し、それを克服すること」に幸福感が得られます。仕事や家事などでも「ゾーン」に入ることはありますが、スポーツにはその機会が多くあります。
昨今の結果主義への偏りは「勝つことがすべて」と煽られ、自分を商品として売り出していく様を目にすること が多くなってきています。結果によって人としての価値がまるで上がったり下がったりと錯覚させられることも多くなっていないでしょうか。もちろん生活する ためにはある程度の収入は必要です。しかし、結果に意識が向かっていては「ゾーン」に突入する機会は皆無と言っていいでしょう。
2.脳の三層構造
さて、人の脳は大きく三層に分かれていると言われています。新哺乳類の脳、つまり「人間の脳」、「哺乳類の脳」、「爬虫類の脳」ですが、それぞれに役割分担が分かれています。
「人間の脳」・・・思考
悩んだり、試行錯誤を繰り返しながら稽古を積み重ねることが出来る。
「哺乳類の脳」・・・感情
感情的で強い恐怖心がある。未知の刺激を嫌う傾向にある。
「爬虫類の脳」・・・行動
運動を自動操縦。反射に切り替える。
哺乳類の脳は、未知の刺激を嫌うため安心できる「習慣化」を好みます。つまり、練習するまでに抜け出さなけ ればならない「怠惰」もこの脳に組み込まれた一部分です。「怠惰」に浸かっていると成長することは出来ません。また、深いところで「幸福感」を味わうこと は出来なくなってしまいます。この成長の敵である「習慣化:怠惰」から脱却するためには、指導手本を通して、稽古することが必要になってきます。重い腰を 上げるには気づいたらすぐする「即行」を実践することが大切です。そのためには「○○は意味があるのか?」などという傲慢さ、損得勘定を突き抜けた「純情 (すなお)」な心持ちが大切になってきます。
思考脳と感情脳から「直感」という知性が生まれ「ゾーン」に突入します。お解りのように最高のプレーは「思考」からは生まれません。まさに「本能(それ)」が行っているような感覚があります。
この「ゾーン」に入りやすくするための生きる姿勢として5つ挙げられています。
1. 感謝や感動の心が大きい。
2. 自分の身に起こることはすべてプラスに考える。
3. 結果を考えず、目の前のことに取り組む。
4. 目標を高く持つ。
5. Give & Give の精神で生きる。
親や指導者に感謝の気持ちを表すことは大切ですが、実は自分自身に感謝の言葉を言ってみることは以外と効果が大きいと言われています。
「○○さん(自分の名前)、どうもありがとう」
一度言ってみてはいかがでしょうか。
また、どうしても感謝の気持ちが持てない場合は一度「集中内観」を受けてみることも良いかもしれません。
3.CSバランス(C:Challenge, S:Skill)
ゾーンに入るためには、「挑戦」と「技術」のバランスが保たれている時に突入します。
図は、挑戦と技術の状態によってどのような感情が生まれるかを表したものです。例えば挑戦課題として「世界選手権で優勝しなさい」など高いものが課せら れた場合、もしかすると技術レベルの低さから「不安」になり、その後「どうしてこんな難しいことを要求されるんだ!」と怒りが生まれるかもしれません。逆 にレベルの低い大会に出場して簡単に優勝できてしまうような場合は、挑戦課題が低く、技術レベルは高いため「退屈」に陥る可能性があります。
注意すべき点は、中心点を決めるのは客観的なレベルではなく、「自分の認識」であることです。つまり、ゲーム中に「油断」することは、中心点を 「挑戦」のライン上で下に下げて「退屈」になり、「焦ったり」「結果を考える」ことは技術レベルを左側に移動させ「不安」になってしまいます。いずれの場 合も「ゾーン、フロー」に入ることはありません。
それまでの稽古を素直に、真剣に取り組み、「信じる」ことができる気持ちがこの中心点を揺るぎないものへとするでしょう。したがいまして、「個人 の目標」に対してどの程度進歩しているかを確認するためには、「結果」に依存しないようにしなければなりません。たまたま「勝利」することもあるからで す。そのような場合、「プレッシャーによる不安感」が大きく襲ってくるでしょう。
4.プレッシャー克服法
ゾーンに突入するにはもちろん「挑戦」しなければなりませんので「プレッシャー」は欠かせないものとなります。「ノンプレッシャー」は退屈を誘います。プレッシャーがかかった時の感情レベルには、4つの段階があります。
1.あきらめ・・・目線が下がり、背中が丸まる。動作は鈍くなる。
2.怒り・・・心拍、血圧が上がり、筋肉硬化から疲れる。
3.びびり・・・過緊張状態。行動はパワフルだが仕草が早くなる。
4.挑戦・・・プレッシャーを楽しむことができる。体はリラックスし、心は集中している。
1〜3の状態は、いずれも失敗します。4の「挑戦」という状態に入るためには3の「びびる」体験を何度もして慣れなければならないと言われていま す。つまり、普段の生活、練習の中に「びびる」ような挑戦課題を与え、それを乗り越える体験を積み重ねなければなりません。普段の練習で「プレッシャー」 を乗り越えることがあるかないかによって、試合本番で大きな差となってしまうのです。
「基礎打ち」にプレッシャーのかかる課題を与えてますか?
具体的な克服法としては、心から、体からと双方から試みることが出来ます。
<心から>
1.「おぅ!来たか!」と言ってみる。・・まずはプレッシャーの認識が大切。
2.「内か外か」・・・プレッシャが心からきたものか環境からきたものか見極める。
3.「みんな一緒や!」と言ってみる。・・・実は平静を装っていてもみんな一緒です。
<体から>
1.不動体を作る(腰骨を立てる)
2.苦しい時ほど笑顔で
3.呼気を整え、意識を丹田へ
5.バドミントンにどう活かすか
では、バドミントンを通して3つの脳を鍛えましょう。
1.「バドミントンが好き」という感情を強く持つ・・・感情脳を鍛える
まずは、ここが最も大切なところです。嫌なら続けるモチベーションは保てないでしょう。
2.反復練習、トレーニングを細かいところまで意識して行う・・・行動脳を鍛える
意味があるかないかを思考する前にとりあえずやってみることが大切です。嫌々やっている反復練習はほとんど身に付きません。升田幸三さんの本にも 「徴兵で戦争に行ったが、毎日不平不満で過ごした時は確実に棋力が下がった。しかし、2度目の徴兵で、開き直ってその環境でどっしりと構えた時、復帰後の 棋力は逆に上がっていた。」書かれていました。
3.しつけ、感謝、尊敬の気持ちを持つ・・・思考脳を鍛える
練習の工夫、無駄と思えることにも全力で取り組むことが大切です。イチロー選手も「どれだけ無駄を重ねることが出来るか。そこからしか成功の道は開けません。」と語っています。
さて、ここからは子弟の心構えについて挙げてみます。
<弟子の身につけるべき3つの姿勢>
1.良いしつけ
「挨拶」「返事」「靴の踵をそろえる」
森信三先生も仰ってますが、この3つがすべてです。心が整い、謙虚さが身に付きます。
2.自分の選んだ芸術に愛する情熱的な愛情
3.師に対する批判抜きの尊敬
尊敬することに理由などありません。どんな師であろうとも、どんな先輩であろうとも謙虚さに欠ける人は確実に頭打ちします。
<師の姿勢>
1.簡潔な教示
2.成熟を待つ忍耐心
3.心をこめた観察
すべてを話して説得しようとしてはいけません。考えさせるようにしなければ身に付きません。中国の宋の時代の名僧、五祖法演襌師の四戒に次のようなものがあります。
「好語、説き尽くす可からず。もし好語、説き尽くさば、人必ずこれを易んず。」
また、最近では結果を早く出そうとしすぎるあまり、強引に「知を開く」様も見られます。成長をじっと見守る愛情が大切です。人生は長いのです。「無 視」は姿勢として最も悪です。多くを語らずとも温かい目で見守ることが師の姿勢の軸でしょう。指導目的が「金銭」「権力」などの増大に関わらないことが本 来の姿ですが、果たして実情はどうでしょうか。難しい問題です。
6.付録
モチベーションが上がらないときは、以下の4点に気を付けてください。
1.達成感が無い ・・・ 挑戦課題の見直し
2.ストレス過多 ・・・ 適切な休息時間を設ける。昼寝は習慣になってきています。
3.わからない ・・・ あこがれの人を持つ。小さな成功体験を大切にする。
3つの脳をしっかりと鍛え、至福の「ゾーン」体験を実現してください。私もかつてその状態に入ったことがありますが、まさに「万能感」がありまし た。このゾーン突入には、バドミントンのレベルは関係ありません。それぞれに見合った挑戦課題に向かって、ぶつかっていくだけです。
<参考文献>
「スポーツを楽しむ―フロー理論からのアプローチ」スーザン・A.ジャクソン/ミハイ・チクセントミハイ
「修身教授録」森信三
「最高の自分を生きる」丸山敏秋
「弓と禅」オイゲン・ヘリゲル
「本番に強くなる」白石豊
「メンタルタフネス」ジム・レーヤー