本研究では、バドミントン・ストロ-ク中の前腕筋群の筋電図を記録し、通常ラケット速度が最も高いと考えられるフォアハンド・スマッシュを基準に、各ストロ-クの筋電図における70%MVC以上のアンプリチュ-ドの出現数を比較した。
Flexor carpi radialis ならびに Flexor carpi ulnaris への筋負担量についてみると、フォアハンドのレシ-ブで1.4倍と最も高かった。一方、Extensor carpiradialis longus ならびに Extensor carpi radialis brevis への筋負担量は、バックハンドのハイクリアでスマッシュの2.7倍、バックハンドのサ-ビスは1.9倍と高いという結果が得られた。これらの結果から、視覚的には比較的小さな動作であるフォアハンドのレシ-ブが、屈筋群への負担が最も大きいことが明らかとなった。また、伸筋群への負担はバックハンドでのストロ-クが大きいことは、一般に当然のことと考えられるが、フォアハンドでもハイクリア1.4倍、ドライブ1.2倍と高い負担になることは注目すべき結果 であった。
Ⅰ.はじめに
スポーツは人類の文化の一つとして、長い歴史の中で育まれ今日に至っている。ラケット、バット、スティック、クラブなどと呼ばれる打具を手に持ちボールを打つというスポーツは、真に人類の進化が生み出した固有のものであると言えよう。しかし、これらの打具を用いるスポーツにおいても、打具および用具の物理的性能の向上や、各々のスポーツ動作の分析などが行われているにも関わらず、ヒトの持つ能力を越えて身体を酷使することによって起こるさまざまな障害が生じている。
いわゆるテニス肘は、19世紀後半には既にテニスプレイヤーに多く認められていたことが報告されており、現在でも投球肘などと共に肘のスポーツ障害として広く知られている。この障害は上腕骨の外上顆炎と内上顆炎を総称した疾患であり、ストロークの特性から、外上顆炎はバックハンド肘、内上顆炎はフォアハンド肘などとも呼ばれている。テニス肘の治療や予防に関する研究や、発生原因に関する数多くの研究が整形外科学を中心になされてきている。また、テニス肘、投球肘予防に関する動作学的な研究やラケットについての工学的な研究も数多くなされている。それらのなか、プレイヤーの筋放電のアンプリチュード・レベルから各テニス・ストローク時の筋負担量の比較や、ラケットの物理学的特性からみた筋負担量の差異について報告もある。しかし、種々のバドミントン・ストロークも前腕の回内と回外、手関節の屈曲と伸展などにより行われていることは間違いないが、これら動作の質と量がテニス肘とどのような関わりを持っているかの検討はほとんどなされていない。
そこで本研究では、これまでの筋電図のアンプリチュードを指標とした前腕筋の負担量に関する研究を発展させ、バドミントンの各種ストロークにおける前腕 筋群への負担量を評価するため、70%MVC時の筋放電アンプリチュードのレベルを基準にして、1)全動作局面 2)インパクト前・インパクト後の各局面における筋放電アンプリチュードの出現数を定量的に分析し、1動作当たり、あるいは各動作局面での筋負担量を明らかにしようとした。
Ⅱ 研 究 方 法
1.対象動作
バドミントンにおける代表的な下記の9種のストロークを対象とした。
(1)フォアハンド・ストローク ①スマッシュ(以下、F.スマッシュ) ②ハイクリア(以下、F.ハイクリア) ③ドライブ (以下、F.ドライブ) ④リターン (以下、F.リターン) ⑤サービス (以下、F.サービス) |
(2)バックハンド・ストローク ⑥ハイクリア(以下、B.ハイクリア) ⑦ドライブ (以下、B.ドライブ) ⑧リターン (以下、B.リターン) ⑨サービス (以下、B.サービス) |
サービスはロングサービスを、他のストロークは相手コート中央からフィードされたロブを強打させた。
2.被験者
対象動作となった9種のストロークを安定して打球でき、現在も各種大会に出場している全日本学生バドミントン選手権大会出場経験者男子8名を被験者として選んだ。
3.記録方法
上記9種のストロークは、すべて筋疲労を極力抑えるため10打を1セットとしセット間のインターバルを2分間以上設けた。以下に示す筋電図、ゴニオグラム、ラケットのインパクトシグナル、カメラシグナルはすべてデータレコーダ(TEAC社製XR710)に同時記録した。
(1)筋電図は、通常の皮膚表面双極誘導法により18素子インク書き万能脳波計(日本電気三栄社製1A58)を用いて以下のように記録した。電極は直径5mmのカラー電極を用い電極間距離を約2cmとした。被験筋の筋腹中央に両面テープで貼付した。被験筋は下記の8筋(全て右側)で、①~④(前腕4筋) の筋についてはその放電量を定量的に分析した。
①短橈側手根伸筋 ②長橈側手根伸筋 ③橈側手根屈筋 ④尺側手根屈筋 |
⑤上腕二頭筋長頭 ⑥上腕三頭筋外側頭 ⑦三角筋後部 ⑧大胸筋腹部 |
(2)手関節運動は二軸のゴニオメータ、肘関節運動は一軸のゴニオメータを用いてそれぞれ記録した。
(3)インパクトシグナルは、ラケットとシャトルのインパクト音を集音ワイアレスマイクとFMチューナーを用いて音声信号として記録した。
(4)ストローク中のフォームは60 fpsのVTRシステムを用いて記録した。
(5)筋電図のアンプリチュードの分析
データレコーダにより再生された各動作中の筋電図原波形はパーソナルコンピュータにより A/D変換させ、サンプリングレイトを100Hz とした。予め測定された各被験筋の70%MVC以上のアンプリチュードレベルを上回る各動作中の筋電図の出現数を一打ごとに算出し、10打の平均値を各筋別に求めた。
また分析の際、ゴニオグラムと筋電図との時間的なずれ(Electromechanical-Delay)を考慮するため、事前に各被験者の前腕筋のアイソメトリックでのEMDを計測し、全被験者の平均値40msを全被験者、各筋共通の修正値として用いた。
Ⅲ.結果および考察
1)各種ストロークにおける筋電図・ゴニオグラムの定性的分析
上級者H.Aの5種のフォアハンド・ストローク時の筋電図およびゴニオグラムからみる と、前腕4筋のうち伸筋群においてはアドレスからフィニッシュの間の持続的放電が、屈筋群にはインパクト直前の瞬間的放電が5種のフォアハンド・ストロークに共通して認められた。しかし、ゴニオグラムからみると積極的に手掌屈してインパクトするストロークと、全く手掌屈せずにインパクトするものが認められたが、いずれにおいてもインパクト前後に尺屈することは共通して認められた。
肘関節屈曲、伸展に関与する上腕二頭筋と上腕三頭筋については、ゴニオグラムからも分かるようにF.スマッシュ、F.ハイクリア、F.ドライブはほぼ伸 展途中か最も伸展した時点でインパクトするため、インパクト直前に上腕三頭筋の顕著な放電がみられた。これに対し、F.リターン、F.サービスは、アドレスからインパクトの中頃に上腕二頭筋の放電が認められ、その後これに拮抗するようにして上腕三頭筋の放電が顕著にみられた。しかし、結果的にはインパクト前後の肘関節の屈曲、伸展はほとんど認められなかった。このF.リターンとF.サービスにおける上腕二頭筋の放電が前者の3種ストロークと異なることを除けばほぼ同様の放電パターンと考えられる。
大胸筋と三角筋後部の放電についてみると、いずれのストロークにおいても右肩関節の水平屈曲、伸展のための大胸筋の放電がアドレスからインパクトの間の中頃にみられ、インパクト直前に肩関節保持のためと思われる三角筋後部の放電が5種のストロークに共通して認められた。
上級者H.Aの4種のバックハンド・ストローク時の筋電図およびゴニオグラムからみると、前腕4筋のうち伸筋群においては、アドレスからフィニッシュの間に持続的放電が、伸筋群にはインパクト前後に瞬間的放電が4種のストロークに共通して認められた。ゴニオグラムからインパクト前後の手関節の動きをみると、掌屈と尺屈がほぼ同時に行われていることが各ストロークに共通して認められた。
肘関節屈曲、伸展に関与する上腕二頭筋と上腕三頭筋については、4種のストロークともに、ほぼ伸展途中か最も伸展した時点でインパクトするため、インパ クトのかなり以前から上腕三頭筋の顕著な放電がみられ、これの放電開始にやや遅れて上腕二頭筋の放電がみられる。
大胸筋と三角筋後部の放電についてみると、いずれのストロークにおいても右肩関節水平伸展、屈曲のための三角筋後部の放電がインパクトの約0.2~0.3秒前にみられ、インパクト直前に肩関節保持のためと思われる大胸筋の放電が共通して認められた。
以上より、バドミントンにおける9種のストロークを筋電図の定性的分析法から検討すると、5種のフォアハンド・ストロークにはそれぞれに共通した放電パターンが認められ、一方、4種のバックハンド・ストロークにもまたそれぞれに共通した放電パターンが認められると言えよう。しかし、フォアハンドとバック ハンド・ストローク間にはパターン的に異なる点が認められた。
ゴニオグラムからみた関節運動については、従来からフォアハンド・ストロークは掌屈動作、バックハンド・ストロークは背屈動作によって行われると言われ て来たが、バックハンド・ストロークについてみると、B.サービスを除く他のストロークは、掌屈ならびに尺屈運動を行いながらインパクトに至っていることが明らかとなった。バックハンドの強いストロークは手関節の背屈運動によるものではなく、掌屈・尺屈運動と併行した前腕の回外、肩の外旋運動等が強く関与しているものと考えられる。
2)各種ストロークにおける筋電図の定量的分析
Fig.1 に、F.スマッシュを基準とした各ストロークの全動作局面における 70%MVC 以上の筋放電アンプリチュード出現数の相対値を、屈筋群と伸筋群について示した。屈筋群の負担量についてみると、F.リターンは F.スマッシュの1.4倍と最も高く、以下、F.スマッシュ、B.ドライブ、F.ドライブ、F.サービスの順であった。一方、伸筋群では、B.ハイクリア で2.7倍、B.サービスで1.9倍、F.ハイクリアで1.4倍、F.ドライブで1.2倍高く、以下、B.リターン、B.ドライブ、F.スマッシュの順であった。つまり、F.スマッシュを基準とした屈筋群の負担量はフォアハンド・ストロークの一種であるF.リターンだけが高かったのに対し、伸筋群の負担 量はバックハンド・ストロークだけでなくフォアハンド・ストロークでも高いものがあるという結果が得られた。
Fig.2に、 F.スマッシュを基準とした各ストロークの全動作局面における積分値の相対値を、屈筋群と伸筋群について示した。積分値による定量的分析結果からは、F.スマッシュが両筋群ともに最も高く、フォアハンド・ストロークは屈筋側に、バックハンド・ストロークは伸筋側に偏る傾向が見られた。つまり、筋電図の定量的分析法においても積分値でみるか、アンプリチュードの出現数(率)でみるか、また他の周波数分析法等でみるかにより結果は自ずと異なるといえよう。しかし著者らは、従来からの積分値による定量的分析結果と比較して、70%MVC以上のアンプリチュードレベルに着目しその出現数からみた定量的分析結果 (Fig.3)は、各ストロークの筋負担の量的特性を検討する上でよりその差違が明確に示されるものと考える。
インパクトを基準とし横軸に時間経過、縦軸に動作局面ごとの70%MVC以上のアンプリチュードの出現率(全動作局面の出現数を100%とした際のアド レスからインパクト、インパクトからフィニッシュにおける出現数の比率)を各ストローク別に全被験者の平均値についてみると、9種のストロークにおけるイ ンパクト前後の筋負担量の変動は、次に記す4パターンに分類された。①F.スマッシュ、F.ハイクリア、F.サービスにおけるインパクト前の屈筋・伸筋群 の負担量は、インパクト後より大である傾向を示した。②B.ドライブにおけるインパクト前の屈筋・伸筋群の負担量はインパクト後より小である傾向を示した。③F.ドライブ、F.リターン、B.ハイクリア、B.リターンにおけるインパクト前の屈筋・伸筋群の負担量は、インパクト前からインパクト後にかけて 伸筋群は大きくなり、屈筋群は小さくなる傾向を示した。④B.サービスにおけるインパクト前の屈筋・伸筋群の負担量は、インパクト前からインパクト後にか けて伸筋群は小さくなり、屈筋群は大きくなる傾向を示した。テニスのバックハンド系のストロークにおける伸筋群の負担量は、インパクト後に高くなったと報 告おり、バドミントン においては、バックハンド・ストロークにおける伸筋群の負担量が必ずしも共通して高くなるものではなく、また、フォアハンド・ストロークも必ずしもインパ クト前に高い屈筋群の負担があるとは限らないことが分かった。これらの結果から、インパクト前後の筋負担量の変動は、フォアハンド・ストロークとバックハンド・ストロークで大別されるものではなく各ストロークで固有のものであると考えられる。
Ⅳ.まとめ
バドミントンの各種ストロークにおける前腕筋群への負担量を評価するため、70%MVC時の筋放電アンプリチュードのレベルを基準にして、1)全動作局 面2)インパクト前・後の各局面における筋放電アンプリチュードの出現数を定量的に分析し、1動作当たり、あるいは各動作局面での筋負担量を明らかにしよ うとした。
1.全動作局面における屈筋群の負担量はF.リターンがもっとも高く、以下、F.スマッシュ、B.ドライブ、F.ドライブ、F.サービスの順であった。
2.全動作局面における伸筋群の負担量はB.ハイクリア、B.サービス、F.ハイクリア、F.ドライブ、B.リターン、B.ドライブの順に高かった。
3.インパクト前・後の局面における屈筋群と伸筋群の負担量は、①F.スマッシュ、F.ハイクリア、F.サービスにおいてはインパクト前がインパクト後よ り大であった。②B.ドライブにおいてはインパクト後がインパクト前より大であった。③F.ドライブ、F.リターン、B.ハイクリア、B.リターンにおいては、インパクト前の屈筋・伸筋群の負担量は、インパクト前からインパクト後にかけて伸筋群は大きくなり、屈筋群は小さくなる傾向を示した。④B.サービスにおけるインパクト前の屈筋・伸筋群の負担量は、インパクト前からインパクト後にかけて伸筋群は小さくなり、屈筋群は大きくなる傾向を示した。
以上のことから、屈筋群の負担量は各種フォアハンド・ストロークだけが高く、伸筋群の負担量は各種バックハンド・ストロークだけが高いと言うのではな く、いずれのストロークにおいても屈筋群と伸筋群共にそれなりの負担量が要求されることが分かった。また、インパクト前後における屈筋群と伸筋群の負担量の変動は、フォアハンド・ストロークとバックハンド・ストロークで大別されるものではなく各ストロークで固有のものであると考えられる。
<簡単解説>
バドミントンにはいろいろなショットがありますが、以下のショットについて肘から手首までの筋肉がどのくらい強く使われているか調べてみました。私自身が野球肘、テニス肘になったためです。
かっこ内の数字は筋力の多い順番で、赤は手首をしたに曲げる(いわゆるスナップ)筋肉で、青は手首を上に上げる筋肉です。
フォアハンド・ストローク | バックハンド・ストローク |
スマッシュ(2) ハイクリア(3) ドライブ(4) (4) リターン(1) サービス(5) |
ハイクリア(1) ドライブ (3)(6) リターン(5) サービス(2) |
この研究から直接けが予防につながったわけではありませんが、かなり腕のの筋力が使われていました。特に初心者では、バックハンドで手の甲側の腕の筋肉が 強く収縮していて、手首関節運動をみてもまさにリストを使っていました。これではけがにつながるおそれがあります。
しかし、上級者ではフォアハンドでは
が強く、バックハンドでは伸筋が強いとは必ずしもなりませんでした。バドミントンのストロークにはいろんな関節運動が行われていて、打ち方による筋肉の使い方を大きく2別できるものではなかった、という結果がでました。