バドミントンを考えるコラム#47 「成長」を考える②

 今回も精神的な成長にスポットを当てます。前回同様に「パワーか、フォースか」(デヴィッド・R・ホーキンス著)という本をベースに考えます。フォースは200未満の数値領域、パワーは200以上の数値領域です。200未満の領域はマイナスに働き、極端ですが破滅へと繋がります。そしてパワーは必ずフォースに打ち勝ちます。(測定はキネシオロジーテストでできるそうですが、自分の測定には自信がないため、あくまでも推測でお話を進めています。この本の数値は700で「悟り」の領域だそうです)

 <意識レベル>
(パワー領域)
悟り 700-1,000
平和 600
喜び 540
愛 500
理性 400
受容 350
意欲 310
中立 250
勇気 200
(フォース領域)
プライド 175
怒り 150
欲望 125
恐怖 100
深い悲しみ 75
無感動 50
罪悪感 30
恥 20

 私は高校の部活動顧問もしています。スポーツ推薦等で所属するチームではなく、一般的なチームですので様々な目標を持った生徒がいます。「面白そう」「これならできる」「楽しそう」という意識を持った生徒から、「もっと上手になりたい」「もっと自分を鍛えたい」「もっと勝ちたい」という高い目標を持った生徒までいます。全国大会に出場する選手たちを指導してきた経験から、このギャップをどう埋めるのかが最大の目標と考えて取り組んできました。まずは整理整頓から靴をそろえさせたり、挨拶や返事などをじっくりとやりながら、褒めながらバドミントンのプレー上達を試みました。そうしていくうちに徐々に上を目指したいという生徒が入学してくるようになり、チームのレベルは上がり、男女とも最初は2、3回勝てば上出来だったところが、県大会レベルでベスト8に入れるようになっていきました。さてここからベスト4以上の壁を打ち破って!と気持ちを引き締めていました。

 新型コロナウィルスの影響

 そんな中突然勃発した新型コロナウィルスの蔓延。練習ができず、大会も中止になり、当時の3年生はいきなり引退を迎えるという事態が起こりました。なんともしがたいことでした。しかし影響はそれだけでは済まされず一部の生徒は自宅待機を余儀なくされている時に生活習慣が乱れ、モチベーションが下がり、練習が再開されても、遅刻や欠席が目立つようになりました。参加している生徒と欠席や遅刻をする生徒間では揉め事が増えていき、モチベーションが下がった生徒たちのプレーは傲慢で自己中心的になっていました。何度か注意しながら取り組ませましたが、しばらくすると元に戻るということを繰り返していました。意識レベルでいうと「欲望:125」あたりではなかったでしょうか。やりたいことだけやって、上手くなるために必要な辛いことはしないという雰囲気でした。ゲーム練習をしても悔しそうでもなく、負けても仕方がない、とプレーを改善する様子も伺えませんでした。そうなると指導しても耳を傾けることはなく、次第に指導者側のモチベーションも低くなっていくのでした。もちろん求められれば全力でサポートするのですが、自ら改善しようとしない、逆に言えば改善したくない選手を変えることはできません。自らの力不足に打ちひしがれる日々が続きました。

 チームの意識レベルが向上?

 チームがバラバラの中、引退試合が近づいてきました。学校側からは試合に出場する生徒のみ時間制限して練習できる許可をもらいましたが、日曜日や祝日の練習は許可されませんでした。今度は試合が近づくにつれて不安感が大きくなり生徒たちは声を合わせて「練習させろ!」と言ってきました。試合が近くなって不安だから練習させろ、とは本当に虫のいい話だと思いましたが、休日の体育館の状況を伺うと空いている時間が少しあったのでそこに練習時間をなんとかお願いして確保してあげました。意識レベルでいうと「欲望」から「怒り:150」に上がってチームが一丸となったというところでしょうか。良かれ悪かれチームをまとめることはできた可能性があります。この怒りを超えて「プライド」に持っていき、その上の「勇気」に上げることができて200以上となり初めてチームに生産性をもたせたいと考えていましたが全く届かずでした。時間と環境はとても重要な要素であることが今回の件で身にしみてわかりました。

 武道の達人

 彼らの唯一の関心はコントロールやトレーニングを通して高次元の自分によって低次元の自分に打ち勝つこと、と書かれていました(P.229ページより)。つまり、高次元の意識レベルは低次元の意識レベルを包括して打ち勝っているが、消せてはいないということでしょう。環境などによる影響によっては低次元に下がることも大いにあるということです。高次元に自分を合わせておくということは、ただ練習などの場面だけではなく、普段の生活に浸透させる意識が大切だと書かれてました。立ち方、歩き方、所作、表情など起きてから寝るまで隅々まで意識しておくことは大変かもしれませんが、それがフォースに打ち勝つパワーの領域に居続ける方法だということです。日々の意識はとても大切なんですね。
 またスポーツの真のパワーとは「優雅さ、繊細さ、心の静寂さ」に特徴づけられるようです。バドミントンにおいても同様だと思っています。しかしスポーツに勝敗はつきもの。激しい争いもあると思いますが、コート上で激しくやり取りをする選手ほど優しさに溢れた競争のない日常生活を送っているそうです。テレビなどの映像から欲と不安を浴びせられる生活を続けていると平穏な精神状態を保つことは難しいようです。

 チャンピオン

 「プライド」が邪魔をして勝利を逃すことがあります。相手を打ち負かすこと、有名になること、たくさんのお金を稼ぐことが勝利を目の前にしてちらついて来ると急に利己的になり力が発揮されにくくなります。生徒たちも最終の試合で「勝てそう」がちらついた瞬間に欲まみれの利己的ショットが多く出るようになり、読まれて繋がれ、逆転負けするという結果になりました。こういう時にどう考えて乗り越えるのかが著書の中で紹介されていました。

 「選手が個人的な達成を超えて、自分の力は人間の能力を表す人類全てのものであるという信念を持つ」

という利己主義が無我に変わると意識レベルは200以上を示すということでした。オリンピックに出場した選手でもごく一部ですが、その後の生活に悲惨な結果を招いた例があるそうですので注意が必要ですね。

 マスメディア

 現在の報道は意識的かどうかはわかりませんが、選手たちの自己中心的な部分を刺激する傾向があります。通信販売で欲を刺激してくるのと同様です。選手に謙虚さと感謝がなければ簡単に汚染されると書かれていました。そういう汚染から選手たちを守っていかなければならないのはスポーツを愛する私たちの使命であり、そのような報道には反応しないようにしなければなりません。人類に影響を及ぼす「最優秀」を育てること、価値を守ることを改めて考えさせられました。

「成長」をテーマに考えてみました。人類の最終的な目標は今より少しでも意識レベルを上げることです。スポーツを通してもそれが達成できるということです。たかがスポーツ、されどスポーツ。手段はどうあれバドミントンをより高い意識レベルへ持っていき、維持していきたいですね。

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