-筋電図・ゴニオグラムからの検討-

1998年1月大阪教育大学紀要第46巻第2号より(作者本人のものです)

本研究は,同一の構え位置に対し距離・角度の異なる複数の打点でシャトルをバックハンドストロークさせた際の飛距離差を生む要因を,上肢関節運動に関わる筋電図とゴニオグラムをもとに個人内差と,熟練度の差違から考察した.その結果,シャトルの飛距離はいずれの打点においても上級者の方が長かったが,構え位置から打点までの距離が長くなるとシャトルの飛距離が短くなる傾向が両群ともに認められた.筋電図からみると,上級者は,構え位置から打点までの距離が長くなると,肩・肘関節運動に関与する上腕・上肢帯筋群の放電量の増加がみられ,より積極的に肩関節屈曲・水平伸展動作をしてストロークしていることが ゴニオグラムからも明らかとなった.一方,初心者は,構え位置から打点までの距離が長くなると上腕・上肢帯筋群の放電量に増加傾向がみられたが,肩関節屈曲・水平伸展動作速度の上昇にはつながらないことがゴニオグラムから明らかとなり,これらのことが長いシャトルの飛距離を得られなかった要因であると考えられる.

キーワード:筋電図,ゴニオグラム,バドミントン・バックハンドストローク

Ⅰ 緒言

ネット系の運動種目においては,相手の守備可能範囲外のエリアに配球することが有効な攻撃法の一つである.従って,バドミントンの特にシングルスにおいてはコート四隅のオープン・スペースにシャトルを打ち込むことが望ましいと考えられている.しかし,相手コートの奥にシャトルを配球するには,打球のため により大きなパワーが要求されることはいうまでもない.シャトルを打つための運動様式はフォアハンド型とバックハンド型の2種に大別されるが,バックハン ド・ストロークで,初心者が相手コートの奥までシャトルを打ち込むのは困難なようである.これはこのストロ-クに要求される動作内容に非日常的なものが多く含まれるためと考えられ,このことから基本的なバックハンド動作の習得に多くの練習時間を割かなければならないものと考えられている.さらに,初心者に とってはフットワークのスピードの遅さなどもこのストロ-クを難しくする要因である.つまり,上級者は初心者よりもそのスピードが速いことから,打ちやすい位置でシャトルをインパクトしていることが予測され,このストロ-クの正否は単に打球技術的要因のみでないことが容易に推察される.しかし,今 回ここでは,以上のことをふまえた上でバックハンドストロークの打球技術的側面に限定して検討を加えた.理想的なバックハンドストロークの打法に関する 定義は時と共に変化し,手首のスナップによって強いストロークが生まれるとされていた時期が長くみられたが,現在では前腕の回内,回外や,肩関節の内旋, 外旋などの軸回転運動によって強いストロークが生まれると言う考え方が一般的である.また,シャトルの飛距離を長くするにはラケットのヘッドスピードを上げればよく,ラケットヘッドに最大速度を持たせるために身体各部の加速減速を順序正しく行い,むち打ち動作によってストロークすることが望ましいと報告されている.しかし,これら各種ストロークに関する動作の分析的研究は,画像分析法によるものが多く,筋電図やゴニオグラムを用いた分析はほとんど行われていないようである.また,打点に対する身体の相対的位置を変えることによる動作の違いや,シャトルの飛距離差を生む要因についてもほとんど未解明のままである. 本研究は,フットワークの影響を排除した条件下で同一の構え位置から,異なった打点でバックハンドストロークを行わせた際のシャトルの飛距 離を計測し,打点の違いによるシャトルの飛距離差を生む要因を筋電図とゴニオグラムから検討した.

Ⅱ.研究方法

1)被験者

上級者5名(右利きの男子大学生5名で全日本学生選手権大会出場経験者)
初心者3名(右利きの男子大学生3名で競技経験はない)

2)各打点での動作記録

図1に示すように,構えの位置に対し異なった打点に垂直に落下してくるシャトルをバックハンド・ストロークで一定方向に打たせシャトルの最高飛距離を計測した.その際,被験者には軸足である左足の位置を動かさないよう指示した.また,図2に示す11カ所の位置については筋電図とゴニオグラムを記録した.F2・F3は打球方向に対し前方に,S2・S3は側方に,B2・B3は後方に踏み込んで打球する位置であり,FSとBSはその中間の位置を示す.

3)筋電図,ゴニオグラム,インパクトシグナルと映像の記録

各ストロークは,筋疲労を極力抑えるため5打を1セットとし,各セット間のインタ―バルを2分間以上設けた.被験筋は7筋8部位(短橈側主根伸筋,尺側主 根屈筋,上腕三頭筋外側頭,回外筋,回内筋,三角筋中部・後部,棘下筋,全て右側)とした.筋電図は,有線の皮膚表面双極誘導法により18素子インク書き 万能脳波計(日本電気三栄社製1A58,時定数0.03)を用いて記録した.電極は直径5mmのカラー電極を用い電極間距離を約2cmとし,筋腹中央に両 面テープで貼付した.手関節の掌屈,尺屈,肘関節の屈曲伸展,前腕の回内・回外運動は独自に作成した1軸と2軸の回転ゴニオメータを用いて記録した.インパクトシグナルは,ラケットとシャトルのインパクト音を集音ワイアレスマイクとFMチューナーを用いて音声信号として記録した.以上はすべてデータレコーダ(TEAC社製XR710)に同時記録した.ストローク中のフォームは60fpsのVTRシステムを用いて上方・側方・後方よりそれぞれ記録した.

4)筋電図のアンプリチュードおよびゴニオグラムの分析

データレコーダにより再生された各動作中の筋電図原波形はRMSディテクタ(Brundininnavation;BH-100)を介し時定数0.01 でRMS化した後パーソナルコンピュータにより100HzでA/D変換しサンプリングした.また,ゴニオグラムはパーソナルコンピュータにより100Hz でA/D変換しサンプリングした.各動作中の筋放電積分値を一打ごとに算出し,5打の平均値を各筋別に求めた.またゴニオグラムからは平均角速度と角変位量を求めた.

Ⅲ.結果・考察

1.シャトルの飛距離について

各打点別のシャトルの最大飛距離を代表例でみると、上級者の各構えの位置からのシャトルの平均飛距離は10.75~11.25mで,初心者は6.21~8.62mであり,上級者の方が長かった.
上級者(H.A)と初心者(T.K)を代表例として各々の平均飛距離に対する相対飛距離をみると、上級者は高い相対飛距離を得ることのできる範囲が広く, 特にS2辺りで高かったが,F3とB3では低くなる傾向がみられた.初心者は相対飛距離の差が激しく打点までの距離が短くても飛ばない打点位置があり,特にB2,B3,BS3ではシャトルの飛距離が極端に短くなる傾向が認められた.また,構え位置から打点までの距離までの距離が長くなると,シャトルの相対 飛距離が低くなる傾向が全体的にみられ,初心者は特に後方で顕著であった.バドミントンコートのエンドラインから相手コートのエンドラインまでの距離は約 13mであり,このことから上級者では,ほぼ相手コートの奥までシャトルを配球することが可能であるが,本研究における初心者では,相手コートの奥までシャトルを返球できないことが明らかとなった.

2.各打点別にみた上肢関節運動について

手関節掌屈,尺屈,肘関節伸展の角速度,角変位量についてみると、上級者においては,構え位置から打点までの距離が大きくなるにしたがい,打点の違いに伴う上肢関節運動速度と角変位量の変化が大きくなる傾向が被験者間で共通して認められた.しかし,初心者においては,必ずしもこのような傾向は認められなかった.また,初心者は上級者より角速度,角変位量とも絶対的に低い傾向を示した.事例的に角速度と角変位量の変化についてみると,上級者では手掌屈の角 速度は側方で低くなるが,手尺屈は前方で高くなるという傾向を示す被験者が認められた.また,角変位量では,手掌屈は側方で低くなり,手尺屈は前方で高くなり,肘伸展は後方で大きな変化はみられないという傾向を示す被験者が認められた.つまり,全ての関節運動の角速度や,角変位量が共通して高くなるのではないということが認められた.また,上級者は3つの関節の角速度で手掌屈が最も高いパタ-ン,手尺屈が最も高いパタ-ンという2つのパターンがみられ,角 変位量についてみると,前者は手掌屈と肘関節伸展変位量が高く,後者は手尺屈変位量が高かったが,肘関節については前グループの角変位量の50% ほどでストロークしている被験者も認められた.初心者での特異な事例として,後方と,後方と側方の間では手掌屈を行わない被験者もみられた.また、各関節 運動の平均角速度と角変位量についてみると、シャトル落下点から構え位置までの距離が長くなるとほとんど変化しないが,逆に速度,変位量がとも減少する被験者もみられた.
図6に,手掌屈,手尺屈,回外,肘伸展運動の開始と終了のタイミングを示し た.上級者の各関節運動の平均動作開始時は,肘伸展,手掌屈,回外,手尺屈の順で認められた.上級者はどの打点でも関節運動の順はほぼ同じであり運動連鎖は変わらなかったが,B3では,肘伸展が早い時間から行われる傾向がみられた.初心者について
みると,各関節運動の平均動作開始時は,肘伸展,回外,手掌屈,手尺屈の順で認められ上級者と異なった.また,BとBSの方向では手掌屈がインパクト後に行われており,シャトルをインパクトするのに手背屈を行っている被験者も認められた.このような異なった関節における慣性の大きな部位から慣性の小さい部 位への連鎖的な加速動作は,効率の高い加速効果が得られると報告され,また,手尺屈に力を加えるのは肘伸展であるといわれている.今回の上級者の運動も2つのパターンに分かれたが効率よく行われていたと考えられる.また,上肢末端部の角速度が速くなったという運動連鎖の実態が示された.以上のことに,今回は分析を行っていないが,肩関節における角速度の影響があることは十分に考えられる.

3.筋電図からみた上級者と初心者の筋の作用機序について

図7に平均飛距離の最も長かった打点S2と最も短かったB3について上級者 (H.A)と初心者(Y.T)の筋電図原波形を一例ずつ示した.両者ともまず,上腕が挙上されるインパクト前には,上方より撮影された映像よりみて,上腕 はほぼ矢状面で挙上されていた.この時期の三角筋各部の放電様相をみると,三角筋中部に続いて後部に顕著な放電がみられた.これは,インパクト前,肩関節 は屈曲しながら水平伸展されていることを示している.尺側手根屈筋,上腕二頭筋長頭,回外筋の放電は,手尺屈しながら,前腕を回外していることを示している.また、短橈側手根伸筋,上腕三頭筋外側頭,棘下筋の放電様相から,手関節と肘関節のゴニオグラムからみてもわかるように手関節を背屈位に維持しながら 肘が伸展されて,この間上腕が外旋されていることが認められた.これは牛山ら[1990]の報告と同様であった.
上級者についてみると,S2に比しB3では,インパクト前の上腕三頭筋,三角筋中・後部,棘下筋の放電開始が早くなる傾向が認められた.また,インパク ト後に短橈側手根伸筋,三角筋中・後部,棘下筋で顕著な放電が認められた.これはゴニオグラムからもわかるように手関節を背屈位に維持するためと,上体が水平に近くなり上肢を水平に保つための筋放電であると考えられる.また,上級者はゴニオグラムからの手尺屈と前腕の回外の運動開始時期は回外が先であったが,筋放電開始は回外筋よりも尺側手根屈筋が先であった.さらに,回外運動の共同筋である上腕二頭筋長頭の顕著な放電はインパクト時の約10ms前で,回 外筋の顕著な放電は,インパクト後であった.筋放電開始から実際に外力が加わるまでの時間的なずれ(Electromechanical-Delay,以 下EMD)は,上腕筋では約30msあるといわれ,このEMDを考慮しても,バックハンドストローク時の積極的な前腕の回外はインパクト後からと考えられる.従って,ゴニオグラムからみられるインパクト直前までの回外は,外旋によって生まれた軸回転の力をシャトルに伝えるために行われる慣性的な運動であると考えられる.初心者についてみると,上級者と同じような筋放電パターンであったが,S2に比しB3では,インパクト前後で短橈側手根伸筋に顕著な放電が認められた.この放電様相についてテニスのバックハンドストロークではインパクト時のラケット面を安定させるための準備動作が上級者より誇張されて行われることによるものと報告されているが,バドミントンにおいても同様と考えられる.また,三角筋後部にストローク開始直後からS2に比べて強い放電が認められた.これは無理な体勢を強いられるに当たって,準備動作が誇張されていると考えられる.両者を比較すると,上級者に比し初心者は,ストローク開始から上腕,上肢帯筋群に持続放電が 認められた.

4.各打点別にみた筋電図積分値(iEMG)について

今回の被験者で競技成績(全日本ジュニア複優勝)の最も高い上級者(S.S)と初心者(T.K)のストローク開始から終了までの上腕三頭筋と三角筋後部の筋放電積分値は、上級者(S.S)についてみると,上腕三頭筋と三角筋後部の平均iEMGはBSで下がる傾向がみられたが,ほかの全筋について,どの方 向でも構え位置と打点の距離が長くなると平均iEMGが高くなる傾向がみられた.初心者についてみると,どの方向でも構え位置と打点の距離が長くなると平均iEMGが高くなる傾向がみられた.
これらの結果から,構え位置と打点の距離が長くなると,上級者は肩関節の屈曲,水平伸展をより強く行っており,後方の打点位置では肩の外旋をより強く行っていると考えられる.しかし,B3では肩関節可動域の問題上,無理な運動を強いられるため,シャトルの飛距離が短くなったと考えられ,このことからもB3のストロークの難易度の高さが伺われる.また,初心者では筋放電量の増加に伴う関節の運動速度の向上は認められなかったことから,運動連鎖につながらないタイミングの筋放電の増加であると考えられる.また,手背屈によってシャトルを飛ばそうとしているため,肩関節屈曲,水平伸展の速度が上級者より遅くなり,末端部に効率の高い加速効果が得られなかったこともシャトルの飛距離を短くさせたものと考えられる.iEMGと筋力の関係はトレーニング群と非トレーニング群を比較したとき,同一負荷においてトレーニング群はiEMGが小さい値を示し,負荷が大きくなるにしたがってトレーニング群と非トレーニング群のiEMGの差が大きくなる[14]との報告がある.今回,上腕筋,上肢帯筋群のiEMGの値が初心者よりも上級者の方が高かったことから,上級者は初心者よりも強く肩関節水平伸展や外旋運動を行った可能性があるが%MVCなどの筋出力を測定しなければ確定的なことは論じられず今後の課題である.

Ⅳ.まとめ

本研究は,同一の構え位置に対し距離・角度の異なる複数の打点でシャトルをバックハンドストロークさせた際の飛距離差を生む要因を,上肢関節運動に関わる筋電図とゴニオグラムをもとに個人内差と,熟練度の差違から考察した.以下に結果を要約する.

1)上級者の各構え位置からのシャトルの平均飛距離は10.75~11.25mで,初心者は6.21~8.62mであり,構え位置から打点までの距離が長くなると,シャトルの飛距離が短くなる傾向が両群ともにみられた.しかし,初心者にのみ後方打点での飛距離の低下が顕著に認められた.

2)上級者は,打点までの距離が長くなると肘・手関節運動の角速度,角変位量がともに大きくなる傾向が認められた.また,関節の運動連鎖に2種のパターンがみられたが,いずれもタイミング的に再現性の高い関節運動であった.

3)上級者の後方での打球は,他の構え位置によるものより肩・肘関節運動に関与する上腕・上肢帯筋群の筋放電量が高くなり,肩関節屈曲・水平伸展運動を積極的に用いてストロークしていることが示された.しかし,初心者にもこのような筋放電量増加の傾向を示すものも認められたが,関節運動速度の向上には至らなかった.

4)バックハンドストロークでシャトルの飛距離を長くするためには,肩関節屈曲,水平伸展と肘関節伸展運動の角速度と各関節の角変位量を大きくするとともに,各関節の運動連鎖が重要であることが示唆された.


<簡単解説>
上級者と初心者がバックハンドでハイクリアを打ったときのシャトルの飛距離は上級者の方がよく飛びました。そこでこの原因は何かということを、筋肉と関節運動から、明らかにしようとしたわけですね。
まず、関節からみると、上級者も初心者も遠くの羽に対してはある程度関節を速く、強く動かしています。しかし上級者の方が多く動かしていることがわかりました。確かに手首の筋肉もよく使っているのですが、それ以上に腕や肩の筋肉をよく使っていることがわかりました。つまり、バックハンドで強くシャトルを打つためには、

  1. リストよりも腕と肩を強く動かして打つこと
  2. 肩関節の動きを、むちの原理で手やラケットにうまく伝えること
  3. フットワークを使って、打ちやすい位置でバックハンドを行うこと(論文の内容とは関係ないですが、上級者はそうだと思います)

ということが重要であることがわかりました。リストで打っている方は、今日から練習してみましょう!!

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